天才じゃなくていいということ
神戸でベースレッスン・教室をしています古賀隆博です。
(大阪でもベースレッスン、教室をしています)
変なブログタイトルですが、僕はたまに「天才ベースプレイヤーじゃなくてよかったな~」と自分で思う時があります。
というのもベース講師の仕事を始めてからなんですが、生徒の困ってるところに気づいたり生徒がこれから必要なスキルや理論などを細かく、生徒が理解できるように説明できるのはひとえに自分が天才プレイヤーじゃないからだろうなと常々思ってます。
色々とつまづきながらこつこつやってきましたから。生徒のつまづく所やその原因がよくわかります。
一方、天才は音楽を、僕たちがことばをしゃべるように自由にこなしますね。
「音楽はコミュニケーションなんだ!」という話は皆さんもどこかで聞いたことがあるでしょう。
なので天才ってのはどうしても説明がフワフワしてくるんですよね。当たり前のことすぎて。
もちろん天才な人達も相当な努力を積んでることは間違いないですが、普通の人とはレベルが違いすぎて、ぶっ飛んでる場合があります(笑)
おそらくですが天才といわれている人達はもの凄く感覚やセンスのようなものが鋭い人達でしょう。
音を聞いて
「あ~こんな感じだよね~」「こうしたらもっとこうなるんじゃない?」
みたいなカンが鋭い人達です。
僕たちが考えたり調べたりする100倍くらいの速さで先に体現してしまいますから。
そういう人達は、どうしても言葉で説明するのには無理が出てきます。
言葉にして考える前に、吸収して更に吐き出すことができるから。
名選手名監督ならず。という言葉もありますが、まさにそういうことでしょう。
だから「とにかくコピーしまくれ」とかいう説明になってしまうんですね。
文字通りただひたすらに曲をコピーしまくるだけでは、普通の人は指の運動にしかならないです。
その点僕はその”天才の自覚”は早いうちからなかったので、色々と調べまくって勉強して
「なんでそんなこと言ってんの?」
「なんでそんないい感じになるの?」
というとこを掘り下げていく作業を沢山したので、10代の生徒にもわかるように噛み砕いて
「ここがこーだからこの音出してるんだよこの人は~」
などの説明ができるようになりました。
そうして説明してやると生徒も「そうだったんですか!?」といようにベースに対する理解や興味もより強くなって「ベースまじ楽しいです!!」というように言ってくれて、先生の僕としても感慨深いところでありますね。
僕が天才であればこうはできなかったと思います。
きっと「もっと心を開いて!!」みたいなことしか言えなかったと思います。
もちろん最終的にはそこが一番重要なんですが、いきなりそういわれてもなかなか巧く行かないのが現状でしょう。いろいろなものを飛び越えすぎては人は前に進めません。
天才じゃない僕たちが心を開いてただただ音に包まれて楽しく音楽をするのにもある程度順序があるのです。
揃えないといけないものもあります。
ただ一人でそれをしようと思うとかなりの労力も時間もかかってくるでしょうから、なるべく近道できるように生徒をみちびけるような授業を心がけてます。
ズルをしない近道ですよ!!!
裏技はありません。
はじめからレベル99でメラゾーマ覚えてるみたいなことはないですが(笑)、着実にレベルを上げる方法と、適切なアイテムのありかくらいはお渡しできます。
なので皆さん少々うまくいかなくてもめげなくてもいいですよ。
そもそも天才なんてそうそういませんから。